ONE VOICE TEN FINGERS(香港盤・日本盤 1992年)
香港盤
前序曲/我為[イ尓]而生/再見、愛人/休止符/毎一分鐘後/因[イ尓]極難代替/無論那一天/把蕭邦[イ占]領/ 這個地方/SHOO BE DO WA/曲終情未散/再見、愛人(國語版)/別孤身作戰
日本盤
曲終情未散(OVERTURE)/毎一分鐘後(TOGETHER)-JAPANESE/再見、MY LOVE(GOODBYE,MY LOVE)-JAPANESE /因[イ尓]極難代替(HEART TO HEART)-CANTONESE/休止符(REST)-CANTONESE/NO! NO! NO!-ENGLISH/鋼琴後的人(THE PIANIST)-JAPANESE /我為[イ尓]而生(YOU'RE THE ONE IN MY LIFE)-CANTONESE/SHOO-BE-DO-WA-CANTONESE/SOMETHING-ENGLISH/WHEN THE LIGHTS COME DOWN-ENGLISH/毎一分鐘後(TOGETHER)-CANTONESE/GOODBYE, MY LOVE-ENGLISH
作曲家アンソニー・ロンではなく、歌手アンソニー・ロンに出会った最初のCDです。
今でもはっきり覚えていますよ。ケイ先輩と電話で雑談をしていたとき、
「そういや最近、香港の歌手がまた日本でデビューしたよ。アンソニー・ロンって人だけど、知ってる?」
「誰ですか、それ」
……ええ、私は間違いなくそう言いましたとも。
そして、
「漢字ではどう書くんです?」
「ええとねえ、倫理の倫に永久の永……」
「ああ、『倫永亮』さんですね。名前はよく知ってますよ。いい曲を作りますからね。へえ、その人って歌も歌っていたんだ」
そしてケイ先輩に電話口で歌を聴かせてもらって、
「先輩、週末そちらに遊びに行きますから。そのときにゆっくり聞かせてください」
……って、言ったんだっけ。
懐かしいっすねえ。
というわけで、すべてのはじまりはケイ先輩だったのです。
あ、香港版と日本版では曲目が違いますので、ご注意。
ジャケットはそっくりです。
ちなみにジャケットの下に小さく「アンソニー・ラン」(うぉぉぉ)という文字があるほうが日本版です。
ONE VOICE TEN FINGERS(台湾盤 1993年)
午夜的情歌為誰點播/再見愛人/一生都送給愛/徘徊/[イ尓]的夢 我不憧/他年/我是否應該再等/鋼琴後的人/ SHOO-BE-DO-WA/情山/HELLO, MY FRIEND/失去的永恆
このアルバムの何が凄いか。
それはとにかく、ジャケット写真でございます。私はあまりの凄さに、血を吹きましたよ。
白状しましょう。
私はこのジャケットでテレカを作りました。
シールも作りました。
倫先生もアイドル路線か……大いにヨロシイ。台湾バンザイ(おいおい)。
おまけ(他のバージョンでのタイトルと収録アルバム)
午夜的情歌為誰點播(台湾盤)=不要重播(「鋼琴後的人」に収録)
一生都送給愛(台湾盤)=因[イ尓]極難代替(香港盤&日本盤)
徘徊(台湾盤)=[女尓]仍是・我仍是我(「鋼琴後的人」に収録)
[イ尓]的夢 我不憧(台湾盤)=我為何讓[イ尓]走(郭富城に作った曲。「第二生」にアレンジを変えて収録)
他年(台湾盤)=何日(梅艶芳に作った曲。「TIME」に収録)
我是否應該再等(台湾盤)=我為[イ尓]而生(香港盤&日本盤)
情山(台湾盤)=毎一分鐘後(香港盤&日本盤)
HELLO, MY FRIEND(台湾盤)=無論那一天(香港盤)
失去的永恆(台湾盤)=WHEN THE LIGHTS COME DOWN(日本盤)=曲終情未散(香港盤)
再見、MY LOVE(日本盤)、GOODBYE MY LOVE(日本盤)=再見、愛人(香港盤&台湾盤)
SOMETHING(日本盤)=一些(「FACE TO FACE」 という女性ユニットに作った曲)
NO! NO! NO!(日本盤・陳潔靈に作った曲)